きりしま食の道10カ条ブログ

-10- ふるさとを潤す水のように生きる

この地に生きる人の声に耳を傾ける
「もう一つの道」

遠くにあるもの、多くの人間が集まる場所が輝き、そこで競い勝つこと、人より優れていることで「幸せ」と感じる人の心理。

霧島でも、もっと効率よく、もっと便利にと都市化をめざし、この地に生きる人たちが連綿と紡いできた「在来の文化」は軽んじられ、特にその地域独自の生活文化・食文化は失われつつある。この地に生まれた子どもも都市社会の一員となるべく、経済発展をめざす道への教育を受けてきた。

しかし、時代は行き詰まり、都会も農村も家庭や個人も孤立し、その地で生きる喜びを感じにくくなった。失ったものは取り戻すことはできないが、もう一度自分の足元にあるものを見つめなおすことはできないか。改めて丁寧に見つめることで、「もう一つの道」を探していきたい。

このブログでは生きる源である食を中心に置き、「きりしま食の道10カ条」のテーマごとに、霧島に生きる人々の声に耳を傾け、その学びの中から、今を生きる私たちの拠りどころを見つけていきたい。


今回は、「きりしま食の道10カ条」の第10条である「霧島の多様な食文化を互いに認め「褒めあう食文化」を築こう」をテーマに考える。
【目次】
・インタビュー 「ふるさとを潤す水のように生きる」 今吉 直樹さん
・霧島の食と器 「鶏刺し・白和え」と岩切美巧堂の錫の酒器


きりしま食の道 第10条
−霧島の多様な食文化を互いに認め「褒めあう食文化」を築こう−

「ふるさとを潤す水のように生きる」
     今吉 直樹さん(溝辺町)

取材・文・料理  千葉しのぶ

 

みぞべの心地よい居場所となり

みぞべが抱える地域課題を良い経済の創出によって解決を試みます

みぞべに世界中の人がおとずれる賑わいを

みぞべに違いを理解する多様性を

 

霧島市北部の溝辺町、そこで、世代やジャンルを超えて繋がることを目的として設立され、地域資源を生かしたイベント等を開催する「きりしまみぞベル」の理念はこのような言葉で始まっている。

そのオーナーとして活動している今吉直樹さんを訪ねた。

海抜0メートルから1,700メートルまでの霧島

お話を伺う場所は鹿児島空港近くにある上床うわとこ公園。標高約400メートルから見渡すのは、まさに海抜0メートルから1,700メートルまでの霧島だ。

「この風景が好きなんです」と今吉さん。

この日は梅雨の晴れ間、北側の霧島山の頂には雲がかかり、山々の濃い緑は次第に鮮やかな明るい緑に変化しつつ里山へと続いている。そこには、茶畑や田植えを終えた田んぼが広がり、住宅地、市街地へ。そしてすべての自然や人の営みを受け止めんばかりの錦江湾が鎮座している。

すべてを潤す水

この風景で感じるのは、これらを潤す圧倒的な水の存在だ。山に降り注いだ雨が、森を育て、長い時間を経て、岩肌から染みだし、川となる。緩やかに流れながら、そこに住む人々の手によって、田畑で食べ物を作るために、生き物を飼育するための命の水となる。やがて錦江湾に注がれ、生き物を育む豊穣の海へと続く。

霧島ガストロノミーの生みの親

今吉さんは霧島市溝辺町出身の41歳(2021年7月現在)。霧島市職員として2017年から霧島に「ガストロノミー」という概念を持ち込み、それを実現する事業を展開した仕掛人。つまり「霧島ガストロノミー」の生みの親だ。その今吉さんが2021年3月末、17年勤務した霧島市役所を退職し、「キリシマビト」という個人事務所を創業した。公務員の職を辞してまで、これからやりたいことは何なのか。その決意と行動に迫りたい。

自分がやって見せる姿

今吉さんはどんな子供時代を過ごしたのだろう。

一言でいうと「野生児」だったそう。山にクワガタなどの昆虫をとりに行くのも好き、運動も得意。しぜんと友達があつまり、その真ん中に今吉さんがいた。そして、多くの友達と仲良く遊ぶための調整能力もあった。その才能は小学生から始めた野球でも発揮。口で言うだけでなく下級生や同級生に「自分がやっている姿」を見せて、それぞれの思いや違いを超えて一つにまとめ上げる手腕を身に着けた。「今と同じですね」発した取材者の言葉に、今吉さんの顔がほころぶ。

地元で働く決意

一方、自らの将来像がはっきりしていたわけではなかった。大学入学後は、アルバイトに暮れる日々。しかし、ここでも、今吉さんの力量が発揮される。フランス料理店、回転ずし店と、アルバイト先が変わるたび、その店での抜群の対応力と、仕事に向かう意識の高さを買われ、アルバイトの立場でありながら責任ある立場に抜擢される。

そんな暮らしが続いた大学3年の時、父が亡くなる。それがきっかけともなり、地元での就職を考えはじめた。しかし卒業年度の溝辺町は役場求人がなかった。一念発起し1年の就職浪人を経て、入庁を果たす。入庁後は、役場内のアットホームな雰囲気にやや戸惑うものの、今吉さんは「どうせやるなら、とことんやって良い仕事につなげたい」と感じるようになった。

悩む日々

転機は2016年。鹿児島県庁への1年の出向を経て霧島市役所観光課で特産品担当となった時だった。霧島市内各地に食材は豊富にある。お茶、畜産、米、野菜、焼酎、漁業産品はもとより、特徴ある飲食業や加工品、郷土料理、窯元、木工、錫製品もあるし、食文化継承活動なども熱心に行われている。しかし、その個々の魅力を地域全体の魅力へと引き上げる「何か」が見つからなかった。「霧島の食をいかにブランディングし発信するか、悩む日々を過ごしました」と、今吉さん。

地域をプロデュ―スするとは

そんな中、経済産業省が募集していた「ふるさとプロデューサー育成事業」に応募したことがきっかけで、同事業の受入先であった本田勝之助氏と出会う。本田氏は、福島県会津若松市で自社の経営に従事しながら、「地域プロデューサー」として日本各地の課題解決に尽力する「地域作りのお医者さん」的存在。本田氏に同行し、全国各地で展開される「経営力の強い地域」作りへのプロデュース力を目の当たりにする。

そこで今吉さんの心を揺さぶったのが、その地域があたかも1つの企業体であるかのように意識や行動の転換を図るという地域プロデューサーの役割そのものだった。そこに、これからの自身の方向性を確信したという。

ガストロノミーとの出会い

そして、当時、まだ聞きなじみのなかった「ガストロノミー」という概念をもとに「霧島ガストロノミー」の着想を得た。「ガストロノミー」とは、古代ギリシャ語の「ガストロス」(消化器)+「ノモス」(学問)から成る合成語。「食」にまつわる様々な分野を融合させながら地域の食文化を生かすという意味。つまり今吉さんが考える「霧島ガストロノミ―」は、「地域を丸ごと味わう」というガストロノミーの考え方で、霧島の大自然が育む水や農林水産物、先人達が連綿と築いてきた食の知恵と技、食文化を生かした「美味しい霧島」を創造していくということだ。

きりしま食の道10カ条の制定

2016年、市役所職員による事業提案制度で「霧島ガストロノミー」事業を提案し、市役所内外関係者の意見調整や予算調整に奔走。ここでも今吉さんの行動力、熱意、調整力が発揮される。これぞと思う人に会い、思いを伝え、賛同者を得ていく。霧島ガストロノミー推進協議会の組織を整え、まず取り組んだのが「きりしま食の道10カ条」だった。

これは、霧島に暮らす人たちが、霧島の食を表現していくためのビジョンであり、霧島らしさが詰まった食の道だ。

「一番大事にしたかったのは、霧島の食を通じ、わが地域で自信をもって生きる姿勢です。みんなが互いに認め合うこと。日々の暮らしの中で、食を通して“人”が“人”を思うことなんです」今吉さんは振り返る。

2018年2月に発表された「きりしま食の道10カ条」の第10条は今吉さんの思いが詰まったものになった。

第10条:霧島の多様な食文化を互いに認め「褒め合う食文化」を築こう

その後、霧島ガストロノミーを経済的に体系化した地域ブランド認定制度「ゲンセン霧島」や「霧島つつみ」などを手掛けた。

人生をかけて果たしたいもの

そして、2021年3月末、市役所を退職。

「明確になった自分の役割、それを人生をかけて果たしたいから」今吉さんの言葉は確信を持っている。「家族を守るように霧島の未来を守りたい」そのために自分は「水のようになりたい」と静かに語った。

水は、人の暮らしになくてはならない。
水は流れ、沸き出る
よりそい、動かし、あたため、冷ます。
形を変え、混ざりあう。

退職後すぐに創業した「キリシマビト」は、食を中心とした霧島の魅力を、表現し、発信する様々な主体に寄り添い、支援することを目的としている。地域と行政との橋渡しも重要になる。

取材を終え、地元の方に借りたばかりの今吉さんの事務所とみぞベルの活動拠点「みぞベース」を案内していただいた。500坪の敷地内には、みぞベルの仲間とリフォーム中で今後オープン予定のカフェや工房、ギャラリー、ゲストハウスになる予定の施設。広い敷地内には飼育し始めたばかりのヤギ二頭が、ゆっくり草をんでいる。まさに寄り添い、形を変え、混ざりあう活動は動き始めていた。

今吉さんの道

今吉さんの思いと行動と努力は、霧島を「よりよいふるさと」にしようとする懸命な決意である。金や物であがなえない命、地域で暮らす気概・誇りを育みつつ、霧島でこころある食のつなぎ手を支え、つなげ、羽ばたかす。

食を通して「霧島に生きる喜びを」、食を通して「しなやかで強い霧島を」。今吉さんの道は、ふるさとを豊かに潤し続ける道だ。


霧島の食と器

「鶏刺し・白和え」と岩切美巧堂の錫の酒器

今吉さんの好きな料理は「鶏刺し」と「白和え」。

溝辺には鶏専門店が多く、祝いの席や日々の食卓に「鶏刺し」が並ぶことが多い。おすすめの食べ方は「最初に酢をかけること」。ニンニクやショウガ、ワサビなどの薬味などはお好みで。「白和え」は今吉さんの今は亡き祖母の手料理。「ニンジンやホウレンソウがいっぱい入っていて、甘めの味付けでした。こんにゃくが入っていると嬉しかった」と、今吉さん。

酒器は岩切美巧堂の錫器「ちろり」と「ぐい飲み」。
岩切美巧堂は1916年(大正5年)の創業以来、100年以上の歴史を持つ。錫は金属の中で比較的柔らかく割れにくいという特徴を持つ。手にしっくりと収まる独特の温かみ、重量感が、焼酎の味わいをより深めてくれる。

鶏刺し(4人分)

生食用鶏刺し(もも、むね)400ℊ
シソの葉 4枚
ショウガすりおろし・ニンニクすりおろし・ワサビ  好みの量
酢・濃口しょうゆ 適宜

 

白和え(4人分)

ほうれん草 100g
人参  50g
コンニャク 50ℊ
木綿豆腐 1/2丁
白ごま 大さじ2
砂糖・麦みそ 各 大さじ2

  1. 木綿豆腐は2センチ厚さに切り、キッチンペーパー等で包んで水切りする。
  2. ほうれん草は、塩少々を入れた湯で、茎のシャキシャキ感が残る程度にゆで、水にとり、しっかり絞り1,2センチ長さに切り、更に絞って水けをとる。人参は太めのせん切りにしてさっと茹でて水けをきる。こんにゃくは細く切り、さっと茹でて水けをきる。
  3. 白ごまはフライパンで乾煎りし、すり鉢で粒がなくなるくらいまですり、砂糖、麦みそ、豆腐の順ですり混ぜる。クリーム状になったら②を和える。

 


岩切美巧堂
〒899-4332
鹿児島県霧島市国分中央4-18-2
電話 0995-45-0177

取材・文・料理
千葉しのぶ
NPO法人霧島食育研究会理事長、「植え方から食べ方まで」を実践する霧島里山自然学校、郷土料理伝承教室、「霧島・食の文化祭」を開催。鹿児島女子短期大学准教授を経て令和2年「千葉しのぶ鹿児島食文化スタジオ」を設立。管理栄養士

撮影
吉国明彦・吉国あかね(エンガワスタジオ)
※一部、霧島ガストロノミー推進協議会より提供。(「すべてを潤す水」「きりしま食の道10カ条の制定」)
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