きりしま食の道10カ条ブログ

-6- 霧島でつくりだす美と健康を人々と分かち合う

この地に生きる人の声に耳を傾ける
「もう一つの道」

遠くにあるもの、多くの人間が集まる場所が輝き、そこで競い勝つこと、人より優れていることで「幸せ」と感じる人の心理。

霧島でも、もっと効率よく、もっと便利にと都市化をめざし、この地に生きる人たちが連綿と紡いできた「在来の文化」は軽んじられ、特にその地域独自の生活文化・食文化は失われつつある。この地に生まれた子どもも都市社会の一員となるべく、経済発展をめざす道への教育を受けてきた。

しかし、時代は行き詰まり、都会も農村も家庭や個人も孤立し、その地で生きる喜びを感じにくくなった。失ったものは取り戻すことはできないが、もう一度自分の足元にあるものを見つめなおすことはできないか。改めて丁寧に見つめることで、「もう一つの道」を探していきたい。

このブログでは生きる源である食を中心に置き、「きりしま食の道10カ条」のテーマごとに、霧島に生きる人々の声に耳を傾け、その学びの中から、今を生きる私たちの拠りどころを見つけていきたい。


今回は、「きりしま食の道10カ条」の第6条である「霧島の食材で健康や美に繋がるような食べ方をひろめよう」をテーマに考える。
【目次】
・インタビュー 「霧島でつくりだす美と健康を人々と分かち合う」 田代孝幸さん
・霧島の食と器 「霧島サーモンのカルパッチョ」


きりしま食の道 第6条
−霧島の食材で健康や美に繋がるような食べ方をひろめよう−

「霧島でつくりだす美と健康を人々と分かち合う」
     田代 孝幸さん(牧園町)

取材・文・料理  千葉しのぶ

養殖技術の進展と安定供給

日本の水産業において、養殖生産の現場では完全養殖クロマグロのような天然資源への負荷を軽減する技術や、「柑橘系養殖魚」のような品質を高める技術など世界的にも進んだ新しい技術が次々と応用されている。そして「環境にやさしい」「新たな技術を用いた」日本の養殖水産物はさらに市場を開拓する潜在能力があるとされる。特に、生食用サーモンは養殖水産物が漁業・養殖業生産のほとんどを占めていること、世界的に需要が高まっていることなど、今後、国内における養殖による安定供給が求められている。

その中、霧島にも注目されているサーモンの養殖場がある。その名も「霧島サーモン」。霧島山から流れ出る湧水を使い、こだわりの飼料で育て、無投薬で2年間養殖する。生で食べても火をいれても、臭みが全くなく料理人から高評価を受け、高い鮮度と引き締まった身はレストラン業界にも広く注目されている。そんな霧島サーモンを生み出しているベクトル株式会社代表取締役の田代孝幸さんを訪ねた。

森の中の養殖場

霧島市牧園町中津川は周囲を森林に囲まれひっそりとたたずむ集落。そこから森の中に車を進めること数分、いきなり風景が開け、大小18もの生け簀(いけす)が並ぶ養殖場が現れる。鳥の鳴き声と流れる水の音の中、周囲の山の木々が静かに養殖業を見守っている。入口で迎えてくださった田代さんに案内していただき、早速場内を回る。

健やかに魚を育てるとは

水深80cm、生け簀一基で150~200平方メートルの水量を保ち、水車によって酸素が補給されている。現在10万尾ものサーモンが飼育されているというから驚き。湧水の水温は夏場21℃、冬は16℃に保たれる。健康なサーモンを作るためには「密にしない」「餌をやりすぎない」「ストレスを与えない」ことだと田代さん。人の健やかな暮らしと何ら変わらない魚の育て方を実践する田代さんの話に引き込まれていった。

家業としての養殖

田代さんは隼人町妙見温泉生まれ、子どものころは山に入りツタを使ったターザン遊びに夢中。川で釣りも大好き。自転車で友人と国分の街に行ってタコ焼きを食べるのも楽しかった。家業であったアユなどの養殖を見て育ち、幼い頃より、自分もなんとなく跡を継ぐのだろうな、と感じていた。自然な流れで父の後を追い養殖業に従事するようになったのは20歳のころだった。

無投薬への試み

当時はアユの養殖に取り組み「市場からの発送を中心として量販店やホテルに使っていただいている感じでした」と田代さん。アユは病気にかかることが多く、一般的な抗生物質等薬剤入りの餌を与えていた。その中、年々業績は悪化していくのだった。将来に不安を覚える中、1つの転機がおとずれた。今から25年前のことだ。市場の関係者から「ニジマス」を育ててもらえないかの依頼が飛び込んできたのだった。試験的に投薬をせず、抗生物質を一切排除した飼育に踏み切ってみた。父子で蓄えた経験の上に、水温帯、水質、環境が合っていたこともあり、飼育に成功することができた。

サーモンへのチャレンジ

この経験がきっかけで2011年、今後消費の増加が見込まれるサーモンの飼育にチャレンジすることとなった。田代さんの心の中には「絶対に飼育は成功させる」という強い信念があったものの、稚魚から成魚となるまでの約2年間の確立した管理方法やマニュアルは無いのが現実だった。「文献に頼るのではなく、魚のステータス(状態)をよく観察することから始まりました」と田代さんは語る。それは、お父さんが常々口にしていた「時間があったら魚を見ろ」の指導に基づく熱意であり、それに裏打ちされた技術だった。

独自の飼育管理

初めての成魚の試食では油のにおいが気になった。そこから餌の配合の試行錯誤が始まった。魚にとっての「腹八分目」を目指すとともに、餌の油分を減らし、麹菌や霧島茶も加えた独自配合の餌を与えた。生育状態、身の色の発色など、常に細心の注意を払い、改良を重ねることで、徐々に、当初気になっていた油のにおいが改善されていった。一方で、商品としての価値を高めるための濃い身の色を出すための天然色素「アスタキサンチン」の配合を試みた。「アスタキサンチン」はエビ・カニ由来の成分であり、抗酸化作用も期待される。15ℊ程度の稚魚は2年を経て1.8キロから2.0キロ程度となり出荷を迎える。

評価される安全性

ブランドとして「霧島サーモン」が認知されるようになるまで3年かかったという。有名レストラン「カミーユ」のオーナーシェフ上柿元勝さんに、高く評価されたことがきっかけで、口コミで広がっていった。洋食ばかりでなく、和食・中華と料理人の評判を呼んだ。「油臭く無く、さわやかな香り」「あっさりしていて旨みが強い」「苦手な人でも食べられる」という調理上の特徴ばかりでなく「安全に作られており、自信をもってお客様に勧められる」という「安全という上質」を兼ね備えた食材として注目されていった。また、できる限り自然環境にも配慮して育てた食材を選びたいという料理人や消費者が増えていることも需要を後押しした。

霧島での完全養殖をめざす

田代さんに今後の目標を聞いてみた。
「現在、稚魚を購入し養殖していますが、いずれ霧島の水によって孵化して育ったサーモンの提供を目指したいのです」、「休耕地を活用し地元の人材と一緒に育て全国へ送り出したいと思います」。その一方で「課題はコスト面」。「日本本土の最南端に位置する霧島から、全国各地への輸送は魚の価格と同じくらいの費用が掛かってしまいます。いかに輸送費用を軽減するかが今後の課題です」。そして「目標はサーモンの生産者を増やすこと、全国約100の業者がしのぎを削りブランド化を目指しています。美味しいサーモンを全国に届けたいという思いは同じ。競合するばかりでなく、生産者全体で売り上げを伸ばし、業界が盛り上がることを望んでいます」と語った。

「霧島で作り出す健康と美を分かち合う」田代さんの道

食べものだけが人の健康を作るのではなく、清潔で安心できる住まいや、心地よく寒さや暑さを調整できる服、やりがいのある仕事や活動、穏やかに会話したり食事ができる家族や仲間、そういう暮らしの細やかな充実感や配慮の中で、心も体も健やかに過ごせる「健康」は作りだされるのであろう。
また、美とは、見た目の美しさだけではなく、自分の体を整え大切にする美しい生き方、信念を持ちそれに向かいしなやかに進む生き方に与えられるものではないだろうか。その上で、美しく健康的に生きるために、食材として「健康的なもの」を選ぶことの重要性は高く、ますます求められる。その中、田代さんは愛する霧島の美しい自然と食べる人の健康、そのどちらも大切に守ることを信念として、新しい養殖の技術を組み立て、チャレンジを続けている。田代さんは「霧島サーモン」のおいしさや安心・安全を通して、霧島の美しい自然や湧水の豊かさを、たくさんの人に伝え、広げたいのだ。
田代さんの道は「霧島でつくりだす美と健康を人々と分かち合う道」だと思う。


霧島の食と器

「霧島サーモンのカルパッチョ」

「霧島サーモン」の刺身用をカルパッチョにした。霧島サーモンはさわやかな香りと深い旨みで野菜の苦み甘みを包み込む。オリーブ油、レモン果汁、塩、胡椒のシンプルな味付けが霧島サーモン本来の風味を引き立たせている。

器は「夢つる子窯」の平皿。変化のある薄墨の淡い色合いが食材の鮮やかな色彩を際立たせている。

「夢つるこ窯」は、バラのモチーフ等のカップやお皿など、やさしく穏やかな中に使う人をワクワクさせてくれる器を求めるファンが多い窯元。霧島神宮近くで制作販売を行っている。

材料(4人分)

霧島サーモン生食用 200g
パプリカ(赤・黄色)各 30ℊ
タマネギ 30ℊ
貝割菜   5ℊ
調味料(オリーブオイル大さじ2,レモン汁大さじ1,塩・こしょう適宜)
レタス50g

作り方

  1. サーモンは薄く切る。
  2. パプリカ・玉ねぎは粗みじん切りにし、玉ねぎは水にさらし、水をしっかり切る。
  3. 調味料を合わせ②を加える。
  4. サーモンを皿に放射状に盛り、片方に食べやすくちぎったレタスを盛り、サーモンの上に③を彩りよくかけ、食べやすい長さに切った貝割菜をのせる。

 


夢つるこ窯
〒899-4201 鹿児島県霧島市霧島田口2390
電話   0995-57-2218

取材・文・料理
千葉しのぶ
NPO法人霧島食育研究会理事長、「植え方から食べ方まで」を実践する霧島里山自然学校、郷土料理伝承教室、「霧島・食の文化祭」を開催。鹿児島女子短期大学准教授を経て令和2年「千葉しのぶ鹿児島食文化スタジオ」を設立。管理栄養士

撮影
吉国明彦・吉国あかね(エンガワスタジオ)

※一部、取材対象である田代さんより写真を提供頂きました。
(身の色を色のついたカードで確認している写真、出荷の様子の写真)
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